自分で整理して逝くのが理想的

遺品の片付けは自分が思ったよりも大変でした。

私が片付けたのは祖父母の遺品と家でした。

まず思ったのは何から手をつけたら良いのか全くわかりませんでした。

なので私は祖父母の兄弟達を家に呼んで形見分けをしました。

これが良かったようで衣類や寝具、ちょっとした家具は割と片付いていきました。

それでも片付かなかった衣類はゴミ袋を買いとにかく詰めて行きました。

一体何キロだ?と思うほどでした。

次に大変だったの食器類でした。

祖母は可愛い食器が好きだったのでたくさん集めていました。

もちろん私も思い入れがあったものもありました。

それでも物が増えてはと思い使ってくれる人に譲ったり寄付したりしてなんとか片付けるとことが出来ました。

家具などはもう古い物ばかりでわたしが使えそうなものは全くなかったので粗大ゴミに出したり…かなりの時間がかかり部屋を片付けて行きました。

最終的に一番困ったのは仏壇と家でした。

仏壇をゴミに捨てるには罰当たりだし大きすぎて貰い手もなく八方塞がり状態でした。最終的にはお祓いをしてもるい捨てましたが良い気はしませんでした。

家は一年以内に売れたのでなんとかなりましたが自分が歳をとった時には遺品整理で子供達が困らないように物は減らしていこうと強く思いました。

独身だった叔父の遺した大量の本

わたしの父方の叔父は独身でした。60代半ばで癌が見つかり、3年ほど闘病を続けていましたが、発見が遅かったこともあり、帰らぬ人となってしまいました。親戚も少ないので、叔父の遺品の整理は、わたしの両親とわたしの3人ですることになりました。

 

初めて叔父の家に足を踏み入れたときは、文字通り足の踏み場もないほど、部屋のなかは物で埋め尽くされていました。その物のほとんどは「本」です。叔父の職業は弁護士でした。そのうえ、趣味は読書だったので、法律関係の類や小説、エッセイなど、ありとあらゆる種類の本が、一階にも二階にも高く積まれていました。二階の床が抜けるのではないかと本気で心配したほどです。

 

とりあえず、法律関係の専門書と一般書に分類しましたが、これだけで3日かかりました。一般書は近所の古本屋に引き取りにきてもらいました。法律関係の専門書も一緒に引き取ってもらおうかと思いましたが、一冊当たりの値段があまりに高かったため、二束三文で古本屋に売るよりも、叔父の出身大学に寄付することにしました。

 

大学側には非常に喜ばれたので、少しは叔父も喜んでくれているかと思います。

祖父の遺品整理について

もう10年ほど前になりますが、祖父の遺品を整理したときのことを書きます。
祖父は、70後半で亡くなりまして、戦争を経験している世代のせいか、とにかく物を捨てられない性格でした。特に大量の新聞紙や雑誌の山が、祖父母の家にはあって、1部屋まるまるを埋め尽くすほどの量になっていました。ほこりもすごくて、一気に片付けることはできず、少しずつ片付けて、トータルで1年くらいは祖父母の家に行くたびに運び出していました。

 

今は、遺品整理をしてくれる業者さんもたくさんあって便利だと思いますが、当時はそのような知識がなく、自分たちで片付けていくしかありませんでした。あるときは、軽トラを借りてきて、運んでもらったこともあります。祖母も80近い年齢ですので、一人では到底片付けられないような状況でした。なので、子どもと孫で協力して、少しずつ片付けるしかありませんでした。

 

そんな祖父の遺品整理を見ていたこともあって、祖母も迷惑をかけまいと、最近少しずつ終活として、自分のものを整理しはじめてくれたので、ほっとしています。

家の処分や遺品整理は突然やってくる

千葉の家の片付けや遺品整理はずっと先のことだと思っていました。
私には90歳近くになる祖母がいるのですが、元気だった祖母もレベル3の認知症になり介護施設に入所しています。空き家になっても土地が自分のものであれば良いのですが私の祖母の家はこのあたりが複雑で土地は人のもので、家は自分のものということになっています。

空き家であるのにも関わらず年間16万円の地代をほとんど国民年金しかない祖母の年金でまかなうとなると金銭的にも厳しく、どうしてもしわ寄せが私たちのほうにもきてしまうのがしんどいです。

そこに加えて土地を貸している方から遠回しに土地を処分したいので立ち退いてほしいと言われ、正直なところ困ってます。

遅かれ早かれこうなるのはわかっていたはずなんですが、中にあるものはリサイクルショップで処分して解体業者に見積もりをとってと大変です。ある程度の数量に留まるのであれば、依頼主個人の力でも何とか処分出来るものなのですが、さすがにその数量にも限界はあります。

それならば不用品処分も代行してくれる業者に解体工事と一括で依頼してしまった方が、費用はともかく支払いを一本化出来、大変楽であると言えるでしょう。多くの人が心配するのはやはり処分に掛かる費用。

しかも解体にかかる費用が見積もりで100万円近くはかかるのにも関わらず祖母が貯金などは残していないので、確実にしわ寄せがこちらにきました。

段取りから金銭からかかる負担も大きいので、一人暮らしをする親や祖父母を持つ方は覚悟を決めておいたほうがいいかもしれませんね。

遺品整理後に叔母が管理する家

私も2、3年前になりますが、遠い親戚の方が亡くなってしまいました。父と一緒に遺品整理の手伝いに行きました。その時に今後、家をどうするかで父と叔母が悩んでいました。家はその方の他に誰も住んでいませんし、弟さんがいるはずなのですが少し変わった方でこれから家を管理するのは難しいと思われます。
しかし、仏壇がある家でかなり敷地が広いため色々な手続きが大変らしく、今は叔母が仕事の合間をぬって見に行ったり、父が様子を見に行くようにしています。
傷んでいる箇所は工事したり、庭を綺麗にしたりして、地区で催しものがある時には一部貸してあげたりと活用しています。
現在は叔母が動いて管理してくれているからいいようなものの、これでみんな動けなくなってしまったらどうするのでしょう。
私たちに任されてももっと困りますし、この先何があるか分からない状況なら早めに手放す手続きをし始めた方が良いのになと思ってしまいます。
叔母には叔母の考えがあると思うので直接言えないのでとばっちりがこない事を願います。

写真を片付けるときに困った

遺品整理は、たくさんあるので一人で片付けて居ると大変なことになりますね。気分が悪くなることもあるので、できれば数人で行う方がいいと感じます。私も実家のある大阪で遺品整理をしている途中で、頭痛が激しくなり困ったことがありました。片付けても片付けても片付かないので、精神的に参ってしまうのです。その後に、変調が見られるようになります。そんなことにはなりたくないですね。

 

その片付けとして、とても困ったと思う物に写真があります。故人がとっているものが全て残っているのではないかと思うのです。写真というのは捨てることがないんですね。そのため、アルバムが20冊ぐらいあるのです。それを振り返って見ることがあるのかと思うくらいの量でした。それらは、ほかの保存方法もあるのですが、保存をしたからといって見ることもないと思ったので数枚残して捨てることにしました。その写真は、遺族にとっても残っているととても困ります。自分も反省しているところです。

捨てる勇気を持つことが大切な遺品の片付け

遺品整理した時に大変だったのが捨てる決断をすることです。故人が大事にしている雑貨などを捨てるのは良い気持ちはしなかったです。ただすべての物を残すわけにもいかないので思い切って捨てる勇気を持つことが大切だと感じました。いろいろ悩んでしまうと時間がいくらあっても足りないので素早く捨てる決断することが肝心です。私が最も悩んでしまったのが貴金属の扱いです。やはり高価な貴金属は捨てないで取っておきたかったです。ただどれが高価な貴金属なのかをすぐに判断できませんでした。そのためとりあえずすべての貴重品を集めておいて後で高そうな貴金属だけを分けようと考えました。私は遺品の片付けを始めるまでに1ヵ月程かかってしまいました。いつかはしないといけないと思っていたのですが、大変そうな気がしたのでなかなかやる気が起きなかったです。親戚が手伝ってくれることになったので遺品の片付けを始める気持ちになりました。遺品の片付けは思った以上に大変で非常に疲れてしまいました。

3年たってやっと遺品の片付けをして!

私は主人を癌で亡くしました。亡くして3年間は、遺品の整理、片づけをする気にもなれませんでした。3年間くらいは、亡くなったということを認めたくないという気持ちが強く、長い出張に出かけていて、今に帰ってくるに違いないというような気持もありました。3回忌を過ぎた頃から、少しずつ私の中にも諦める気持ちが出てきました。もう主人は帰ってはこないということを認める気持ちが湧いてきました。
 まず、主人の洋服、布団などから片づけだしました。片づけ始めた頃は、主人の洋服を手にするだけで涙が出てきたりもしましたが、今、整理しないと片づけられなくなると思い、頑張って片づけました。衣類を片づけると、主人が使っていたものも、特にゴルフ道具なども整理し始めました。一気に片づけていったように思います。
 これだけは、捨てられないと思えるものは、捨てるというより整理するようにしました。写真などもアルバムを作りました。遺品を片づけるのは、とても辛かったけれど、大切なものだけを残したことで、私自身の気持ちも整理できたように思います。思い切って遺品の整理をして良かったと思っています。

懐かしい日用品ばかりで切なくなりました

祖母が亡くなった時、遺品整理の仕分けを手伝いました。
私は生まれた時から10代の後半まで、祖母と同じ家で生活していました。
祖母は私が幼少の頃から見てきたやかんや座布団、食器、ペン立てなど、亡くなるまでずっと同じものを使っていました。やかんはすすがついていたり、座布団もかなり劣化していてボロボロでした。
ほとんどの日用品はかなり劣化していて、役に立っていなかったのではないかというほどです。

 

まるで時が止まったかのように、私が幼少の頃から見てきたものをずっと使って生活していたのだと思うとなぜか胸が苦しくなりました。
その物を見れば一緒に生活していた頃の思い出が頭をよぎり、切ない気持ちでいっぱいになります。
単にまだ使えるからとか、新しく購入するのはもったいないからという理由だけではなく、その物に対して思い入れや思い出が祖母の中で詰まっていたのではないかと思います。物持ちがいいと言ってしまえばそれまでですが、その深い思いを感じて涙を流しながら遺品整理の仕分けをしました。

生前整理、形見分けの品について

人生を振り返る中で、遺品整理と生前整理について考えさせられることがありました。人からもらったものに文句を言うのはよろしくありません。どうしても「あげた側」「もらった側」で価値観の相違が出てくるのは仕方がないことかもしれません。

少し前に祖母が亡くなりました。長い間介護老人ホームに入っていて、意識がもうろうとしていたのですが、眠るように亡くなったのです。祖母はそれよりずっと前、20年ほど前に祖父がなくなったことを契機に感じたのか、それまでの物持ち主義から少しずつ変化をし、身の回りの持ち物を削り落としていたようです。

その頃私は遠方で一人暮らしをしていたのですが、ある時帰省中に「あなたにこれをあげるわ」と、ものすごく手の込んだ七宝焼きのブローチを差し出されたことがあります。正直、内心では何これ!こんなの付けるわけないじゃん!と思ったのですが、横から母が「もらっておきなさい」とそっと言うので、何も言わずに受け取りました。

こんな風に、祖母は色々な人たちに持ち物を配っていたようです。その結果、亡くなった後の遺品整理では、ごく少数の整理があっただけで、私の両親もさほど手を煩わせることなく済んだようです。

件のブローチは、若かった頃こそ「年配向けで嫌」と思っていたのですが、自身が年齢を重ねるにつれて「けっこう使えそう」と思うように。業者に頼んでペンダントにリメイクしたのですが、中年になった自分には割と似合うように思えます。月日が経つにつれ、形見分けの品として重要視するようになりました。

人によって様々な思いが交錯する遺品整理だと思いますが、私の場合は祖母の生前整理を受け入れておいてよかった…、今ではそんな風に思っています。