遺品の片付け時の分別が大変

祖父の遺品整理の時に感じたこととして、なんと言ってもその分別が大変と思った事でした。まず鍋がそのままになっていたりすると、たちまちパニックを起こしそうになりました。その鍋の中には、なんと作りおきの料理がそのままになっていることもあります。当然腐っているのですが、その腐っているものを取り除き、鍋の一つ一つを確認して分別する作業は、とても大変でした。その状態で、丸一日かかるぐらいですね。
また、分別というと小さい小物も大変でした。お年寄りは、たくさんのものを全てと思う位に引き出しの中に入れているのです。その数は想像できないくらいとなっています。片付けている時に、どうしてこんなものまで残しているんだろうとおもうくらい、たくさんの必要でないと思われるものを入れているのです。
その細々したものを、一つ一つ分別をしながらビニールに入れているとどのくらいの時間が掛かってしまうのだろうとがっかりしていました。

宝探し気分で楽しんだ遺品の片付け

叔父が亡くなったと電話があった時、何で自分が千葉まで行って遺品の片付けに駆り出されなければならないのかという思いで一杯でした。子供の頃ならともかく、大人になってからはそんなに会ってはいませんでしたからね。とは言え、子供のいない叔父にとっては頼るべき人間も少ないのだろうなと同情的になり話を受けることにしたのです。ところが、いざ行ってみるとこれが結構楽しかったんですよ。

 

何故って、叔父は色々な物を生前集めていたので、宝探し気分で片付けをすることが出来たためです。中には年代物の切手シートなども有り、これって売れば結構なお金になるのではないかと思う物もありましたね。また、叔父やその弟である私の父の若い頃の写真なども出てきて、ゲラゲラと笑って遺品の片付けをしましたよ。

 

当初は何であんなに嫌がっていたのかと思ってしまうくらい楽しんで遺品の片付けをすることが出来ましたので、不謹慎かもしれませんがまた機会があれば遺品の片付けをしてみたいと思いましたね。

祖母の遺品を片付けることに

祖母が亡くなりその遺品を整理しなければならないということがありました。これが社会一般的に正しい風習であるのかは知らないのですが、遺品の整理は1年後ということに家ではなっていましたので、次の年に行いました。着物がありましたから、それを処分しようということになったわけですがもしかしたら売れるのかもしれないということで着物の業者に着てもらい査定してもらったのですがただでも引き取れないということになりましたので、そのまま捨てることになりました。

 

遺品というのはなかなか処分が難しいものがあったりするのですが、うちの場合はそんなことはなかったのでそのまま捨てることができました。硯などがありましたから、それは寺に寄付することになりました。寺側としてもそんなに嬉しくはないでしょうがそれでも受け取ってもらうことができましたので供養の一つとして行いました。遺品には金銭的な価値があるものというのがなかったので遺品分けも特にしませんでしたのですぐに終えることができました。

粗大ゴミを捨てることに関して

粗大ゴミというのは、捨てるときにはそれなりに手間がかかることになります。色々と捨てたことがあるのですが当然、行政に回収してもらうことができるものは、そうしました。それが最も安くできるからです。しかし、粗大ごみもものによって無料で回収してくれる業者などもありますから、これはよく利用しています。ゴミといってもそれなりに価値がのこっていることがあります。特に粗大ゴミではそうしたことがよくありますから、これはどんどん無料でもいいから引き取ってくれるところがあればそうしたほうがよいでしょう。

 

何よりそうしたところのメリットはコストがかからない上に、すぐに持っていってもらうことができるからです。これが気に入っている部分であり、基本的に私はそうするようにしています。無駄に捨てることもないですが、無駄に持っていることもそんなにメリットがあることではありませんから、これはどんどんやってみるようにしましょう。色々とものを捨てることによって生活の質が向上することもあるのです。